デジタル・ショット 「春夏秋冬・・・心向かう先」 No.116

錦秋の京都路

Photo by Ken Ohsawa
2008..11.18-20
Digital Still Camera : NIKON D300
Photo Retouch::ACDSee 9 Photo Manager&Ph
otoshop CS2

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* 許可無く、画像を「二次利用」することを禁止します。

『そうだ、京都へ行こう!』というPRに接し誰もがグラリと来ると思う。

毎年季節が来るたびに、「事情さえ許せば行ってみたい」と思う古都「京都」である。
「春、夏、秋、冬」、「観る、食べる、知る」、それぞれ、すべてに、誰もが感動できる都である。
事情の多くは「時間と金」であるが、工夫を重ねて毎年訪れている“通人”も居るらしい。

夏は滝のように汗が噴き出し、冬は底冷えするような厳しい盆地気候だが、この都には
今の日本人の生活様式を生んできた3000年という長い時間をかけて醸造された魅力がある。

観光ばかりではなく、政治・経済・文化などの分野でも世界から注目されている街でもある。
「世界文化遺産」には現在17か所登録され、日本全国はもちろん、世界各地から人々が集ってくる。

特に、春は桜、秋は紅葉の1〜2週間という短い間、最も鮮やかに装う京都は人々で溢れかえる。
それでも、交通機関も、寺社も、繁華街も、地元のいつものように平然と動いているのは驚嘆に値する。
これこそ3000年という歴史が生んだ「工夫と知恵」が生きている証なのではないかと思う。

*

今回、かねてからの念願だった「秋の京都」を3日間かけ21
ヵ所撮ることにした。
ただ写真を撮るためだけに「もったいな〜い!」という声もあったが、
“写真小僧”である僕には、錦秋の京都に居て食事を味わっている時間こそがもったいないので、
パンと紅茶、握り飯とお茶だけで充分であり、少しでも長く紅葉に
向っていたいからだ。

横浜駅前を11月17日(月)23:50の夜間高速バスで出発し車中はiPodで音楽を聴きながら就寝、
翌朝6:00に京都駅前に到着、休憩の後6:57の京都バスで「清滝」へ向かっていた。

交通費を節約しながら「撮影時間を稼ぐ」一点のために、往きは高速バスとし、
帰りも新幹線「のぞみ」でビールでも飲みながら楽に早めに帰宅できることにしている。
もちろん、宿泊先は便利な京都駅近くのペンションに室内バス付き素泊まり2泊として、
費用を節約しながら時間をたっぷり使えるように9月からプランニングし手配を終えていた。

高い交通費を活かしすためには、できる限り長期滞在することお薦めである。
その結果、京都市内の複雑だが便利なバス経路なども解ったりして、再来時より楽になる。

*

単独行のため撮影中に、濡れた木の葉に足を滑らせ谷へ転落寸前になったり、
バスの運転手さんたちに、乗らないで歩いて下ったほうが紅葉に出会えると案内してもらったり、
和服姿の若い二人連れに声をかけて撮らせてもらったり、
想い出に残るだろう自由気ままな3日間の初めての秋の京都撮影旅だったと思う。

こうして念願だった京に居て、大好きな写真を夢中で撮っている幸せに大感謝である。
3日間で21ヵ所を廻り、1,000枚を超えるレリーズをして「撮りきった」ことが何より嬉しい。

*

写真に撮ることで、錦秋の古都「京」を、
より美しく感動するシーンを発見し視ることができたと思う。

「自然は、これほどまでに美しかったのか?」 
「歴史の重みと佇まいはこんなにも深かったのか?」

観光シ-ズン以外、厳しい気候風土のなかで生活する地元の方々の日常を想いながら、
「厳しいからこそ生まれた食べ物だったのか?」
「厳しいからこそ人々の付き合い方や工夫が生まれたんだろう。」
・・・などを思い感じたりしながら楽しく撮影を続けてきた。

あなたに少しでも“感動のお裾分け”をしたい。
コーヒーでも飲みながら「錦秋の京都路」をご覧いただきたい。

*

≪ 撮影先 3日間 21か所 延33時間、 撮影1,178カット(うち保存875カット) CF11GB 電池3個≫

1日目 清滝 嵯峨鳥居本 二尊院 常寂光寺 宝厳院 嵐山/渡月橋
広沢の池
2日目 東寺 三千院 実相院 哲学の道 法然院 永観堂 南禅寺 日向大神宮 将軍塚 清水寺
3日目 京都御苑 金閣寺 仁和寺 東福寺





 1日目 11月18日(火) 


 1.「清滝」(きよたき)

京都駅から【C6】京都バス【72】系「嵐山・清滝」行き終点で降車
紅葉がいち早く始まる山里と渓谷の紅葉と数か所の橋が遊歩道から観られる。
「高雄」のほうへ人が集まりやすいためここは撮影の“穴場”、通人が選ぶ場所。


No.01  洛北の「清滝川」




No.02 遊歩道へ続く




No.03  遊歩道が並んで続く




No.04  川に降りてみると視界が変わった




No.05  滑り落ちる清流が紅葉を映している



2.「嵯峨鳥居本」(さがとりいもと)

「清滝」バス折返し場から1つ目のバス亭、トンネルを抜けたところに「鳥居本」がある。
バスで「嵐山」まで戻らないで、ゆるい下り坂の「愛宕街道」を歩いて行くこと、お薦めである。

「愛宕街道」の奥、「嵯峨鳥居本」とは「愛宕神社」一之鳥居の一帯を指す。
江戸時代に火伏せの愛宕神社へ参拝する人が増えたことから門前町として発達。
瓦葺屋根の町家風民家が増えていった。

この懐かしき町並みは昭和54年に「重要伝統的建造物郡保存地区」に指定されている。
鮎茶屋の「つたや」、「平野屋」は江戸時代創業で有名である。

ここは「嵯峨天皇」ゆかりの地で、清滝街道の奥山「高雄」と並び「嵯峨料理」発祥の地、
皇后が教育文化普及のため設けた
「檀林寺」などがある。


No.06  「愛宕神社」から始まる愛宕街道は「嵐山」へと続く




No.07   アユ料理で有名な「平野屋」




No.08  嵯峨天皇の皇后建立の檀林寺」




No.09  約600mが「嵯峨鳥居本町並み保存地区」




No.10  「嵯峨鳥居本町並み保存館」



3.「二尊院」(にそんいん)

釈迦如来と阿弥陀如来を共に本尊とするため
二尊院」と呼ばれる、
愛宕神社の
一之鳥居から愛宕街道を約20分ほど下った右側にある。

豪快な門は伏見桃山城の「薬医門」を移したものであるだけに城中へ入るようである。

門から本堂築地塀までの広い参道の紅葉が見事な嵯峨野の有名な寺である。

「嵯峨天皇」の勅願によって、
平安時代の承和年間(834〜847)に「慈覚大師」こと「円仁」のよって建立された。



No.11  城門だった門構えが重厚




No.12




No.13  歳月を経たモノ同士、良く似合う




No.14  すべて変わり縁は廻リ続ける




No.15  夢・美への扉



4.「常寂光寺」(じょうじゃくこうじ)

京都の秋にお薦めの紅葉名所として「東福寺」を抜いて堂々1位になることもある。
本堂を過ぎて「多宝塔」まで登ると京都の町が遠望出来ることも人気の嵯峨野の寺。
ピーク時「仁王門」付近の紅葉が凄い色になり、散り始めれれば上下紅葉世界に圧倒されるらしい。


No.16  本堂の錦が紅葉に映える




No.17  石段の左右に拡がる苔むした緑の斜面と紅葉がベストマッチ




No.18  秋風に舞い落ちる葉も地上でも彩りを添える




No.19  手を清め眼を喜ばす




No.20  屹然とした境を美で装う



.「宝厳院」(ほうごんいん)

現在、天竜寺塔頭として南隣に移築されているが、
最初は、寛正二年(1461)室町幕府の管領細川頼之公により
天竜寺開山「夢窓国師」の第三世法孫聖「仲永光禅師
を開山に迎え上京区内に創建された。

嵐山を巧みに取り入れた借景式枯山水庭園として名園であり、
庭園内を散策し、鳥の声、風の音を聴く事によって
人生の真理、正道を肌で感じ心が大変癒される庭であると言われている。


No.21  白壁に紅葉は近づく雪山を想わせる




No.22  木々の見事さに装われる建物




No.23  「嵐山」を借景にした壮大な名園




No.24  紅葉の競演




No.25  茅葺きの屋根と紅葉を引き立てる青空



6.「嵐山/渡月橋」(あらしやま/とげつきょう)

一般観光者の京都で訪れたい名所人気ナンバーワンなのが「嵐山・渡月橋」である。
周辺には旧嵯峨御所大覚寺門跡、天竜寺、
常寂光寺、化野念仏寺などが集まっている。

嵐山の桂川に架かる「渡月橋」は全長250mの橋、
承和年間(834-48)僧道昌が200メートル上流に架橋したのが最初である。

南にそびえる標高375mの「嵐山」は春の桜、秋の紅葉の美しさで有名である。
国の史跡名勝に指定されている。


No.26  桂川に集う人々が変わったが・・・




No.27  「嵐山」の紅葉見頃は少し早い




No.28  春にも共演する桜と松が並ぶ




No.29  野鳥たちのお気に入り場所でもある




No.30  川鵜には大事な餌場



7.「広沢の池」(ひろさわのいけ)

静かな昔ながらの風景を楽しむなら北嵯峨をゆっくりと歩いてみるのが良い。
そのなかで開設1000年の歴史の「広沢の池」が有名ですが、
最近は嵐山、大覚寺から訪れる人影も少なく“穴場”的存在になっている。

平安時代の中期(永祚元年、989年)に宇多天皇の孫・寛朝(かんちょう)僧正が
今の池の北西あたりに遍照寺を建立した際に造られた池と言われている。

往古の遍照寺に月見堂があり、平安時代には観月の絶好地として
王朝の歌人が盛んにこの地を訪れ、歌を詠んだことでも知られている池である。


No.31  風で「遍照寺山」の映り込みが見られない




No.32  懐かしくのどかな池周り




No.33  観音島に建つ壹美白弁財天社の祠




No.34  素朴で優しげな「壹美白弁財天」様




No.35  カモメが群れ、魚を盛んに捕っていた



 2日目 11月19日(水) 


8.「東寺」(とうじ)

バスの始発まで時間を活かし閉門のない京都駅から徒歩圏内の「東寺」を訪ねる。

「東寺」は正しくは「教王護国寺」といい、平安建都の際、都の南玄関、
羅城門の東に作られた。後に空海が賜り、密教の根本道場とし、今に至る。
京都にある
ユネスコ「世界遺産」17のうちの一つとして2006年11月に認定登録された。

五重塔(国宝)は、京都駅前のビルの林立する中で木造建築の美を際立たせてそびえたつ。
 高さ57メートルの日本最高の塔で、寛永20(1643)年に、徳川家光が再建奉納したもの。

明朝に予定している「京都御苑」もそうだが、いつでも誰でも入れるのが素晴らしい。
信者はもちろん、市民の格好の散歩先になっているようで広大さが羨ましい限りだ。


No.36  京都の中心街にそびえたつ日本一高さの木塔は京都のシンボル




No.37  冷えた朝に茜色が残る空が優しげ




No.38  正門で一礼して入る




No.39  早朝から近隣の方々が祈りに来る




No.40  何は無くとも「心の平穏」を祈りたい



9.「三千院」(さんぜんいん)

「京都、大原三千院、恋に疲れた女が一人〜♪」・・・ではない写真に恋する男が一人、
京都駅前から【C3】乗り場から京都バス【16/17/18/19】系「大原三千院」行きに終点まで乗る。

大野山を背景に、呂川(りょせん)と律川(りつせん)に挟まれた静寂な地に、
自然の地形を巧みに利用した境内には、
客殿や宸殿が建ち、「有清園」・「聚碧園」と呼ばれる京都有数の二つの美庭があり、
特に苔庭と新緑・紅葉や冬の雪庭の美しさは息を呑むほどだと言われている。

先の歌のイメージもあるが、世の女性たちを惹き付ける「優美な極楽の寺」として有名である。


No.41  門跡寺院らしい風格




No.42  入って即ケイタイ撮影に夢中の女性たち




No.43  苔生す庭がしっとり優しい空気にしてくれそう




No.44  眼の前にある絶景に息をのむ




No.45  ここで食べる「京弁当」は格別だろう



10.「
実相院」(じっそういん)

770年前の寛喜元年(1229年)、静基(じょうき)僧正がにより北区紫野に開山された。
「応仁の乱」の戦火を逃れるためにここ岩倉に移築されている。

「実相院」は昔から、「岩倉門跡」とか、「岩倉御殿」とも呼ばれてきたようである。
その理由は、実相院が門跡寺院(住職を天皇家の血を引く方々が務められていた)として
格式の高い寺院で、代々皇室から大きな支援を受けて栄えてきた。

一時、京都御所の近くにあり、公家や有名人たちの歌会やお茶会に使われてして、
その文化的佇まいは磨かれた来たようである。

公家政治家として明治維新で有名な岩倉具視もここに住み、密談をしたと伝えられていたり、
狩野派の書いた襖絵が使用された部屋があったりする驚くべき寺院なのだ。

「室内撮影は厳禁」のため縁側伝いに、狭い庭と広い庭を眺めるだけの移動だけだったが
眼を見張るようなものであったので満足である。


No.46    趣のある正門




No.47  内庭と外庭を各部屋の廻りながら廊下で結ぶ様式




No.48  池面にできた見事な光景




No.49  京都らしい庭づくり




No.50



11.「哲学の道」(てつがくのみち)

左京区の銀閣寺から若王子神社前まで、琵琶湖疏水分線西沿いで約2キロの小道をさす。
法然院、永観堂など名刹や古刹、見所が点在するなかにある京都随一の散歩道として
休日以外は人通りの少なく普段の地元の人々の生活に触れながら歩くにちょうど良い。
沿線には洒落た小店や飲食店もあり、カップルの姿が目に付く小道でもある。


No.51   南から北への水流が不思議




No.52  紅葉に山茶花が共演




No.53  シーンに合う和服の女性二人連れを撮らせてもらう




No.54  こんな光景に微笑む




No.55  これを撮ってみた



12.「
法然院」(ほうねんいん)

以前にも仕事を終えた帰途、銀閣寺から哲学の道を歩き、ここへ立ち寄ったことがある。
そのときも、小ぶりながら見事な紅葉と草庵の境内に感激した覚えがある。
今回、歴史を調べてみて「悲劇の草庵」であったことが分かり驚いた。

鎌倉時代の初め、専修念佛の元祖「法然房源空」上人(法然上人)は、
鹿ヶ谷の草庵で弟子の安楽・住蓮とともに、
念佛三昧の別行を修し、六時礼讃を唱えられた。

1206年(建永元)12月、後鳥羽上皇の熊野臨幸の留守中に、
院の女房松虫・鈴虫が安楽・住蓮を慕って出家し
上皇の逆鱗に触れるという事件が生じ、
法然上人は讃岐国へ流罪、安楽・住蓮は死罪となり、
その後草庵は久しく荒廃することとなった。

江戸時代初期の1680年(延宝8)、知恩院第三十八世萬無和尚は、
元祖法然上人ゆかりの地に念佛道場を建立することを発願し、
弟子の忍澂和尚によって、現在の伽藍の基礎が築かれたという。


No.56  深い林内の石造りの参道




No.57  草庵らしい茅葺きの正門




No.58  ここに見事な錦秋




No.59  落水が秋のリスムを奏でる




No.60  見上げれば駆け足で通りすぎる秋



13.「永観堂」(えいかんどう)

永観堂(禅林寺)は、仁寿三年(853)の草創以来今日まで、
幾多の文化人達の筆や口にもてはやされ、親しまれて、“モミジの永観堂”として
千百有余年の輝かしい歴史を持ち各時代の指導的人材の輩出を京都有数の古刹である。


No.61




No.62




No.63




No.64




No.65



14.「南禅寺」(なんぜんじ)

室町時代は五山の上位に列せられる大寺院
である。
亀山天皇の離宮を正応4年(1291)大明国師を開祖として寺と改め
禅林禅寺
とし、
2世南院国師の時に
南禅寺」と改めた。

虎の子渡しの庭と呼ばれる方丈庭園は砂と石と松で構成された枯山水庭園の代表的なも
の。
石川五右衛門伝説の山門/塔頭の紅葉...門前の湯とうふ...と色々と堪能出来る寺院で
ある。

以前、冬に仕事の帰途、上司とここへ立ち寄り、二人で門前の湯豆腐店で、
雪庭を見ながら熱燗酒と湯豆腐を食べ大満足した想い出が懐かしい。



No.66




No.67  高さ6メートル大きさは東洋一の「三門」、藤堂高虎が寛永5年(1628)に再建




No.68  




No.69  琵琶湖から今も水を引いている「水路閣」




No.70



15.「
日向大神宮」(ひむかいだいじんぐう)

南禅寺の水路閣に上がり疎水沿いに進んだインクライン(傾斜鉄道)の上端部より
石橋を渡って急坂を登ること10分ほどで「日向大神宮」に至る。

神明山山腹の日向大神宮は、伊勢神宮を 模したとも云われ、京都の伊勢神宮と 云われている。
「天照大神」を祀る神社として徹底し「天の巣窟」まで備えているらしい。
南禅寺の裏山にあるため人影も少ない「日向大神宮」は紅葉の隠れた”穴場”である。


No.71   午後1時過ぎだというのに薄暗い参道




No.72  境内に日が当たって明るい




No.73  本殿への道




No.74   「外宮」は京都では神明造の社殿




No.75



16.「
将軍塚」(しょうぐんづか)

京都の夜景スポットとして「東山ドライブウエィ」の頂上にある市営駐車場と展望台を
北へ百メートル程行きますと、門が見え、青蓮院の飛地境内である「将軍塚大日堂」があります。

「将軍塚」の名は、延暦十三年(794年)の平安建都にあたり、桓武天皇が王城鎮護のため、
征夷大将軍・坂上田村麻呂の像を塚に埋めたことに由来するようだ。

今回の撮影はちょうど良い夕刻に間に合わず夜景のライトアップ紅葉になってしまった。
タクシーを使う場合は、待たせておかないと大変なことになるので注意が必要である。



No.76   京都市街地を一望できる。 桓武天皇はここへ立ち京の建都を決めた




No.77  これが実際に将軍像が埋まっている塚




No.78  電灯光で紅葉が更に濃密な色彩に変わる




No.79  平均的な光を当てるライトアップが難しそうだ




No.80  “夜の華”という感じ?



17.「清水寺」(きよみずでら)


待たせておいたたタクシーに戻り「清水寺」へ向かう。
慣れない地の夜は、地元タクシーの案内は都合良かったが寺町内の通行は大混雑で
料金が上がってゆくスピードが速くなったような気がしてくるので、
正門広場まで行かないで降りて向かう。(笑)

京都・清水寺の開創は1,200余年前、奈良時代末の778(宝亀9)年。
延鎮(えんちん)上人が夢告をうけ音羽の滝を尋ねあてて行叡居士(ぎょうえいこじ)に逢い、
霊木を授けられて音羽観音を彫造し、滝上の草庵に祀ったのに始まるという。

13万平方メートルの広大な境内に建ちならぶ国宝の本堂・舞台と
重要文化財の十五堂塔の建築美が山合いに映え、
春は桜、夏は緑、秋は紅葉、冬は雪景色と四季それぞれに美しい。

 1994年、ユネスコの「世界遺産」に登録されている。


No.81  




No.82  夜の“清水の舞台”は初見




No.83 階段周辺の舞台下のライトアップ




No.84  三重の塔、右上に星も見えている




No.85  ライトアップされた緑も綺麗



 3日目 11月20日(木) 

18.「
京都御苑」(きょうとぎょえん)

早朝6時に宿を出て「京都駅」前のコインロッカーに荷物を入れてから、
地下鉄烏丸線で「丸太町」まで向かう。

朝9時に開門しない次の「金閣寺」まで「京都御苑」を撮影する予定である。
ここへは以前仕事で止まったホテルが隣だったため散歩の出ているので慣れていた。

京都御苑は、江戸時代二百もの宮家や公家の邸宅が立ち並ぶ町だったが、
明治になって都が東京に移り、これら邸宅は取り除かれ、
公園として整備され市民へ開放された。

戦後は国民公園として位置づけられ、御所と一体となった景観を維持しつつ、
散策や休養等の場として親しまれている。

現在苑内には百年を越える樹林が育ち、
旧公家屋敷跡や庭園等歴史的遺構が点在し古都の中心で特別な空間となっている。


No.86  朝日が昇ってきたばかりの公園内を通りすぎる人影




No.87  「京都御所」、右奥に山科・大文字山遠景




No.88  晩秋の園内




No.89  見事な紅葉




No.90  見事な銀杏



19.「金閣寺」(きんかくじ)

この寺も、絵葉書や写真では眼にする機会が多くお馴染み。
寺社が集中する銀閣寺は便利で何回も行ったが、ここは2回目である。

ここは正しくは「鹿苑寺」(ろくおんじ)と言う。
足利義満が応永4(1397)年西園寺家の山荘を譲り受け「北山殿」と呼ぶ別邸をおいた。
義満の死後、「鹿苑寺」と名付け、寺としたものである。
銀閣寺は「東山文化」の中核であるのに対し、金閣寺は「北山文化」のそれである。

「金閣舎利殿」は、昭和25年(1950年)一人の学僧の放火で全焼したが5年後に再建された。
昭和62年(1987)には金箔が全面張り替えられ、さらに平成15年には屋根の葺き替えも行われ、
きらびやかな現在の姿を蘇らせたとのことである。


No.91




No.92  「鏡湖池」に写る“六重金閣”



No.93  今は修学旅行シーズンだった




No.94  紅葉には金が良く映える




No.95  回遊式庭園の途中にある林内の“お休み処”



20.「
仁和寺」(にんなじ)

この寺は、以前来たことがあったが秋ではなかった。
今回は、秋の庭園が楽しみで「東福寺」前に立ち寄ってみた。

仁和寺は仁和2年(886年)第58代光孝天皇によって
仏法の興隆を図るため「西山御願寺」(にしやまごがんじ)と称する
一寺の建立を発願されたことに始まります。

 しかし光孝天皇は志なかばにして崩御せられ、
次の第59代宇多天皇が先帝の意志を継がれ
仁和4年(888年)にその造営を完成されました。

応仁元年(1467)に始まった「応仁の乱」によって仁和寺は一山ことごとく焼失した。
約100年後の寛永11年(1634年)徳川幕府3代将軍家光の時代になって
今日見られるような仁和寺として再興された。

門跡寺院として格式が高く、また、「徒然草」「方丈記」など古典にも数多く登場する。
境内(史跡)の背丈の低い桜は「御室桜」(名勝)として有名である 。

1994年12月に京都府から申請しユネスコ「世界遺産」として登録されている。


No.96




No.97




No.98




No.99




No.100



21.「東福寺」(とうふくじ)

最終の訪問先には、紅葉では息を呑むほどの美しさで称賛される「東福寺」を選んでおいた。
午後3時半の新幹線「のぞみ」号に間に合う京都駅にJR奈良線で一駅と近く、
京都の紅葉の素晴らしい良いんで今回の撮影旅を終えたいからである。

2,000本もの楓に包まれた東福寺は、1236年九条道家が九条家の菩提寺として建立。
奈良は東大寺の大きさ、興福寺の隆盛にあやかり「東福寺」と名付けられた。

臥雲橋より通天橋を望めば、夏は緑の、秋は真っ赤な楓の海が広がる。
この美しい楓は開山の円爾弁円(えんにべんえん)が宋より持ち帰ったものだ。

楓、紅葉の名所として名高い東福寺には、かつて桜の姿もあったが、
花見に浮かれる人々の姿を嫌った室町時代の僧、明兆が将軍へ伐採を願った。

桜と違って、紅葉観賞には、浮かれ騒ぐ様は確かに似合わないと思う。
命の輪廻の輝きなど想いながら、今この時の自身の幸せを喜び、静かに味わうほうが良い。  


No.101 「臥雲橋」より「通天橋」を望む




No.102  「通天橋」は“紅葉の海”の上




No.103  散った後まで楽しませてくれる紅葉 




No.104  見上げれば散り際の輝き




No.105  緑と黄の流れるような紅葉




No.106 緑葉にこんなにも眼に沁み渡る美しさがあることを知る




No.107 晩秋の光に浮かぶ小さな落葉




No.108  まだまだとばかりに輝く楓




No.109  黄から朱へ変化の最終枝葉




No.110  安らぐ緑の枝葉も鮮やか


***

長年の念願だった「錦秋の京都」撮影を実行し、こうして3日間の独り旅を終えての帰途、
新幹線「のぞみ」のシートでビールを飲みながら振り返っていた。

3000年間、日本の歴史と文化の中心となってきた古都は、やはり深い魅力に溢れていた。
自然の美しさが厳しい自然環境から生まれているように、
人々もまた、ここへ来て大いなる夢を追いかけながら、時の流れに翻弄されながら
知恵を重ね、努力を惜しまず、心を磨くことを忘れなかったからこそ、
世界に注目されるこのような大いなる都づくりに成功したことが確信できた。

京都は、恋に破れたた女性だけでなく、夢を諦めようとしている者が来ても、
観て、食べて、感じているうちに、いつの間にか癒し治してくれる「深さと優しさ」に満ちている。

何か答えを探している人々が来れば、
思わぬどこかにヒントがあって持ち帰ることができる「知恵の宝庫」である。

もちろん、夢を実現している人々や、夢の中に居る恋人たちにも、、
とびっきりの舞台を用意して、「ドラマチックな想い出づくり」をしてくれる都でもある。


『そうだ、京都へまた来よう!』




END


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